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夜のからだ

 

 

 

届いてしまった音に震えた耳と笑った目の奥で

蔑んだ黒目が刻印されて剥がせない

割れた唇、ひびの入った踵

あらゆる部位を熱すぎる湯に浮かべ

ふやかして風呂に浮かんだ全き穢れを

瞬く間に排水口が飲み込むと

一枚剥けた色の薄いわたしに戻る

 

(いつか消えてしまう 

  しまい忘れたように)

 

やっと夜を始められる

ばっさりと黒い夜着に着替えて

この瞬間のためだけに生きていると呟いてみた

あまりに馬鹿馬鹿しくてひとりで笑い転げていると

水のない波に溺れてすこし泣いた

 

わたしの夜に音はいらない

盲目の言葉使いの時は去り

あとは捨てるだけの言葉しか持たない愚者は

シチリアレモンのチューハイを一気に飲み干すと

カサカサの肌に水が満ちることに深々と頭を垂れた

 

(わたしに降りて来る時すべてが幻に分類される夜が好きだ)

 

いつかの男の上を歪んだ身体が朧げに這いながら消えていった

妄想が夜にさえ疎らだ

今夜は満月でもないのに月のひかりが眩しい

得体の知れない言葉が月から垂れた糸の餌としてぶら下がっているからだ

三角形の頂点から白んだ液が漏れたら

それは世界を股に掛けた月としての夜だからだ

 

親の死に目に遭う必要もなく爪を切る

口笛は白い蛇を呼ぶためにだけ吹く

 

 

 

 

https://note.mu/riri_yanagawa/n/n6b0e842a398b

朗読*梁川梨里

 

 

 

 

現代詩手帖2015.8月号 佳作

 

 

 

 

 

 

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