top of page

 

硝子ケースの中にはわたしの顔をした神がいた

 

 

 

 

夏が身体の中から汗と間違えて

いろんなものを奪っていってしまった

 

六本木で「死者の書」を見ていたら

パピルスに書かれたジャッカルの顔をした神が、わたしをみつめていて

読む方向を示すために右か左かどちらかを向いているはずなのに

死の神と対峙したわたしは死に魅入られたのか、わたしが死を魅入ったのか

 

葦の筆先で描かれたものたちは 

あの夏の日にナイルのほとりでわたしが描いたものかもしれなくて

 

硝子ケースの中にいるワニや蛇から身を守る方法より

このニッポンに生きるわたしが身を守らなくてはならないものは

あまりにも多すぎて

展示室の壁を覆いつくすグリーンフィールドパピルスの

三十五mじゃとても足りない

 

今のわたしがあの世への案内図を示すなら

こんな感じかしらとか、あんな感じかしらと 

宙に落書きをしていると

展示物は硝子ケースから起き上がり、浮かびあがり、

わたしの描いた文字や絵の中を潜り抜けてゆく 

たくさんいたはずの来場者はどこかへ消え

わたしが硝子ケースの中にいる

 

期待に応えてくれない誰かとか 

期待に応えられない自分とか

全部まとめてグルグル巻きにして

硝子の中に横たわるミイラのように 

グルグル巻きにして

あらゆる言語で描き続けよう 

この夏に失ったものたちが 

どうか復活しますように、と

 

 

 

 

 

詩と思想2013.12.1月入選

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  • Twitter Square
  • facebook-square
bottom of page