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儚む 

 

 

あおのみどりが散らかった光を集めて羽化する手前で

はやんだ世を儚む脱いだ殻の音がした

足音かと空を見上げると、鼻腔の奥のもう鼻ではない部位で

くすぐったい埃の匂いがする

何の予告もなしに雨や雪は来ない

身体に刷り込まれたDNAは自分が思うより

ずっと研がれた感度のまま引き継がれている

空の極点で無音を奏でる恐ろしいほどの静けさに身を縮め

冷やされた鼻の赤みを気にしながら

頬杖をついて雪に転々と灯るももいろの痣を数えている

 

 

風ですかそれともいっそ雪ですかあなたの望む終わりのかたち

 

 

花びらと雪が層になる苺ケーキ仕様の道を

タイヤは何の躊躇いもなく轍を刻む

季節外れの上空の寒気が飛び石に留まり池は身を呈したまま

逆フライングの冬に、ちっと口を鳴らした

桜の花弁が水面を揺らす遊戯の招待券の回収を

手漕ぎボートの櫂に任せなければならない憂鬱に口を尖らせて

 

 

花びらが忘れた舞いで雪が降り凍えた指でなぞる窓枠

 

 

開いてしまった花弁は氷りついたままポタンと落ち

目が覚めた亀はまた水中で目を閉じ

わたしはコートの襟を立て家を出る

雪の日に白を着て保護色として守られてしまわぬように色のついた服を着た

桜の樹の前で立ち止まり、その肌を撫でていると

無惨な姿で散ることを残酷だと、いっそ揺らして一度に降らせてしまおうか

という想いがふつふつと泡立ちはじめ、たまらずゴツゴツの樹肌をのぼる

それはわたしだけのあられもない欲望でしかなく

桜の望みなど知る術もないのに 根から循環してきた熱を帯びた翳りに

擦り傷だらけの手足が灯される

 

 

光なき空から落つる水滴が凍った桜のひとひらになり

 

 

静かに閉じた瞼の裏では光は放たれ続けている

桜の視線で見下ろすと道路についた痣もまた散るも散らないも大差はなく

耳元でくすぐったく枝が揺れる

葉は去年の空の下にあり花びらが擦れあうとふうっと日向の匂いがした

 

 

 

 

 

 

現代詩手帖2015.7入選

 

 

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